- 2008.11.25 Tuesday
- 検定受けます
ここのスペースで現代美術について言及しているのは、「現代美術?(笑)わっかんなーい」なんて書いているブロガーが「京都のお寺って本当に美しい」なんて書いている記事にイライラしているからなワケですが、少しはマトモな情報をつらつらと並べてみます。
私自身はヲタじゃない人から見たら、完全にヲタ、ディープなヲタから見たら、単なるアニメ好き程度の中途半端な人間ッス。
ヲタvs現代美術って書くか、マンガvs現代美術って書くか、まだ悩んでます。サブカルvs現代美術って書くと、音楽も含んでしまうので、それは避けようと。
[アート][雑考]村上隆批判をしている暇があったら「おたく文化」資産の維持管理に危機感を持つべき
この記事は現代美術の鑑賞者サイドの著者。面白い記事も書くのですが、ぶっちゃけ、美術を持ち上げ過ぎなんじゃないだろうかって思う部分があります。
美術鑑賞なんてのは美術を権威に高めていったヤツが高尚だとかなんだか言いまくって、学問として成立もしてたりする。幕末の論文よりも論文がしっかりしているので、なんだかもう、アカデミック過ぎて敷居が高くなっちゃったりしてます。美術作品が生まれる場なんて、ぶっちゃけ、力仕事ばっかで論文を書いてるようなホワイトカラーのヤツらが着るような服なんて、着てらんないですよ。ブルカラーですよ、マジで。肉体労働です。高尚もクソもヘッタクレも無いです。ホワイトカラーの美術関係者が難しい言葉をくっつけて、「高尚」だとか「教養を深めるため」とか、言っちゃうと、敷居ってのは勝手に上がっちゃうんだろうなぁ。そんな敷居をまたいだ立場からの発言なんだろうなぁ。
過去記事に書いた、中原浩大のナディアはフィギュアじゃなくて彫刻だよ、という話。1992年3月号の「美術手帖」に、中原浩大、村上隆、ヤノベケンジの3人の鼎談があって、それを読んでくれよ、と思っていたら、今月の美術手帖に再録されていました。
美術だけやってきた中原浩大vsヲタ時代有りのヤノベケンジ&村上隆という構図になっている部分は、純粋に面白いので、リアルで手に入らなかった人は今回がチャンスなんだろうなぁ、という気がします。
60年代の「もの派」辺りっていうのは、「何でこれが美術なの?」という作品が多いワケでもあり、「現代美術=難解」なイメージを植え付けたかなぁ、という気もしなくもないワケです。この座談会を読んでいると、モノをいじっていて、それに対するフェチズム満載でかなりヤヴァイ。多分、「現代美術=難解」と思っている人が読んだら拍子抜けするような素朴な話だらけだったりします。こういうフェチズムが無いと作品を仕上げるパワーにならないんじゃないかと思ってみたり。
ところでフェチズムって高尚なの?
高尚な感覚と結びつくの?
文学でも谷崎潤一郎の作品ってのは、女性に対するフェチズムだけで突っ走っていて、それが面白いパワーになってるから私は好きだったりする。ここまでバカをやれたらいいな、という羨望かな。
そういったヤヴァいフェチズムを感じる2本の座談会が対比されるように掲載されるのは面白いと思う。
村上隆というのは、そういうフェチズムよりも戦略としてマンガを使ったから、ぶっちゃけ好きじゃないのよね、私としては。だけれども、モスゴジを連呼しているのを読んだら、今は幸せそうだな、なんて思ったりする。でも、嫌いなのは変わり無い。1992年3月号当時の村上隆ってのは、コンセプチュアルアート全開な作風だったのよ。
ハッキングされる美術批評 ──黒瀬陽平さんロングインタビュー
マンガと美術の親和性ってったら、こっちの方が面白いのだったりする。「美術手帖」がマンガの特集を組んだのは、もう少し昔なんだけれども、いつもの通り、部屋が汚くて見つかりません!
1992年の数年後かなんかに、1回くらいやってるんですよね。それが一番はじめじゃないのかな?
「マンガ」を特集しているのは、1992年以降、確か3回だったはず。
でも、60年代からカムイ伝の作者なんかがインタヴューを受けてたりしてんのね。そんなこんなで、「美術手帖 2005年 07月号」みたいな整理された美術史ではないので、美術検定対策として役には立ちませんが、今のマンガvs現代美術って構図が噴き出す前、美術の方では何が起こっていたのか、何を考えている人たちがいたのか、中原浩大のナディアは何で彫刻かってなコトを考えるために、読んでおきたい記事もあるんですよ、ってな話でした。
美術手帖のマンガの特集の全てに掲載されてるのがCLAMPだという謎が自分の中にある。
私自身はヲタじゃない人から見たら、完全にヲタ、ディープなヲタから見たら、単なるアニメ好き程度の中途半端な人間ッス。
ヲタvs現代美術って書くか、マンガvs現代美術って書くか、まだ悩んでます。サブカルvs現代美術って書くと、音楽も含んでしまうので、それは避けようと。
[アート][雑考]村上隆批判をしている暇があったら「おたく文化」資産の維持管理に危機感を持つべき
この記事は現代美術の鑑賞者サイドの著者。面白い記事も書くのですが、ぶっちゃけ、美術を持ち上げ過ぎなんじゃないだろうかって思う部分があります。
美術鑑賞なんてのは美術を権威に高めていったヤツが高尚だとかなんだか言いまくって、学問として成立もしてたりする。幕末の論文よりも論文がしっかりしているので、なんだかもう、アカデミック過ぎて敷居が高くなっちゃったりしてます。美術作品が生まれる場なんて、ぶっちゃけ、力仕事ばっかで論文を書いてるようなホワイトカラーのヤツらが着るような服なんて、着てらんないですよ。ブルカラーですよ、マジで。肉体労働です。高尚もクソもヘッタクレも無いです。ホワイトカラーの美術関係者が難しい言葉をくっつけて、「高尚」だとか「教養を深めるため」とか、言っちゃうと、敷居ってのは勝手に上がっちゃうんだろうなぁ。そんな敷居をまたいだ立場からの発言なんだろうなぁ。
過去記事に書いた、中原浩大のナディアはフィギュアじゃなくて彫刻だよ、という話。1992年3月号の「美術手帖」に、中原浩大、村上隆、ヤノベケンジの3人の鼎談があって、それを読んでくれよ、と思っていたら、今月の美術手帖に再録されていました。
美術だけやってきた中原浩大vsヲタ時代有りのヤノベケンジ&村上隆という構図になっている部分は、純粋に面白いので、リアルで手に入らなかった人は今回がチャンスなんだろうなぁ、という気がします。
60年代の「もの派」辺りっていうのは、「何でこれが美術なの?」という作品が多いワケでもあり、「現代美術=難解」なイメージを植え付けたかなぁ、という気もしなくもないワケです。この座談会を読んでいると、モノをいじっていて、それに対するフェチズム満載でかなりヤヴァイ。多分、「現代美術=難解」と思っている人が読んだら拍子抜けするような素朴な話だらけだったりします。こういうフェチズムが無いと作品を仕上げるパワーにならないんじゃないかと思ってみたり。
ところでフェチズムって高尚なの?
高尚な感覚と結びつくの?
文学でも谷崎潤一郎の作品ってのは、女性に対するフェチズムだけで突っ走っていて、それが面白いパワーになってるから私は好きだったりする。ここまでバカをやれたらいいな、という羨望かな。
そういったヤヴァいフェチズムを感じる2本の座談会が対比されるように掲載されるのは面白いと思う。
村上隆というのは、そういうフェチズムよりも戦略としてマンガを使ったから、ぶっちゃけ好きじゃないのよね、私としては。だけれども、モスゴジを連呼しているのを読んだら、今は幸せそうだな、なんて思ったりする。でも、嫌いなのは変わり無い。1992年3月号当時の村上隆ってのは、コンセプチュアルアート全開な作風だったのよ。
ハッキングされる美術批評 ──黒瀬陽平さんロングインタビュー
マンガと美術の親和性ってったら、こっちの方が面白いのだったりする。「美術手帖」がマンガの特集を組んだのは、もう少し昔なんだけれども、いつもの通り、部屋が汚くて見つかりません!
1992年の数年後かなんかに、1回くらいやってるんですよね。それが一番はじめじゃないのかな?
「マンガ」を特集しているのは、1992年以降、確か3回だったはず。
でも、60年代からカムイ伝の作者なんかがインタヴューを受けてたりしてんのね。そんなこんなで、「美術手帖 2005年 07月号」みたいな整理された美術史ではないので、美術検定対策として役には立ちませんが、今のマンガvs現代美術って構図が噴き出す前、美術の方では何が起こっていたのか、何を考えている人たちがいたのか、中原浩大のナディアは何で彫刻かってなコトを考えるために、読んでおきたい記事もあるんですよ、ってな話でした。
美術手帖のマンガの特集の全てに掲載されてるのがCLAMPだという謎が自分の中にある。
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Comments:2
- トモトモ 2009/03/26 04:49 PM
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はじめまして。随分前の記事ですが、興味深かったのでコメントさせてください。美術検定についていろいろなブログを徘徊していてこちらに辿り着きました。
>「現代美術?(笑)わっかんなーい」なんて書いているブロガーが「京都のお寺って本当に美しい」なんて書いている記事にイライラしている
とありますが、これって何故だか教えてくださいませんか?
京都のタクシーの運転手の話は『自分より知識が浅いのに得意気に解説しないでよ』ってことでいいんですよね。違ってたらごめんなさい。これは、私もすこしわかります。
私は、絵を観るのが好きで展覧会によく行きますが、そのほとんどがルネサンスから近代美術まで。実は、「現代美術ってよくわからん」と思っているので、管理人さんのイライラするタイプですね(笑)。もちろんそんなことは声を大にしては言いませんし、ブログも書いてませんので誰かを傷つけてるわけではないのはわかってますが、現代美術についての知識は全くないのに、そんなことを心の中で思っているのは確かです。
私は美術について、自分の興味のある範囲しか勉強はしてこなかったのですが、ある程度全般的に学習すれば、こちらのブログに書いてあるように『「現代美術?(笑)わっかんなーい」』という感想にならずに、好き嫌いは別として『趣がある分野』に自分の中で変わってくるものなのでしょうか?
教えてください。
長々とすみません。よろしくおねがいします。 - パラ野 2009/04/07 12:12 AM
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>トモトモさん
気付くのが遅れてしまい、大変申し訳ございません。
「美術」と名の付くものは、日々の生活で気付いた些細なこと、花や木がきれいだな、とか、今の社会ってこんなこんな色、そんな気付きを大切にしなければ生まれません。
サクラが咲いていますが、サクラを見てどう思われますか?きれいだと思いますか?怖いと思いますか?
なぜそのように感じるのかと、問いかけるのが美術の第一歩です。
「美術」という枠組みの中で権威づけられたものを観て、他人の価値観を自分の価値観と同じようにして語るという行為は美術ではありません。美術を嗜んでおりますのよ、オホホ、という姿勢を他人に見せる事に何の意味があるのでしょうか?幕末ブロガーや多くの美術愛好家ブロガー、もしくは京都のタクシーの運ちゃんから感じる不快感はコレです。
「何か面白い形のものがある。何で面白いと思うのだろう?」と、見る行為自体はとてもシンプルな地点から出発します。
「これは××だから価値がある」ではなく、「何だろう?」から出発すれば、どれも等価なものになると思いませんか?
私は作品を作る側から書いています。「美術を勉強する」とは「何だろう?」の連続だらけです。
>『趣がある分野』
こういう考えは作品を見る時に邪魔になると思います。
趣など有っても無くても良いのです。観て気付くことの楽しさこそが美術です。シンプルにいきましょう♪
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