- 2008.08.04 Monday
- 検定受けます
美術検定の申し込みがはじまりました。受験申し込みは余裕を持ってやりましょう。日にちも(最終日に走った)、お財布の中身も(カードが使えなくて、大切にしていた2千円札を使う羽目に)、余裕が大切です。
さてさて、意外なところから意外なニュースが飛び込んできました。
東洲斎写楽と言えば、江戸時代中期の浮世絵画家、「大首絵」という役者の頭部を思い切ったデフォルメで巨大にして、特徴を際立たせた作風として知られています。活動時期も短く、東洲斎写楽という名前はあるものの、どこの生まれの誰なのか、まったく判っていないという、日本美術史上の最大のミステリーの一つでもあります。
ホカ弁屋に置いてあった読売新聞の一面を見て、スンゲーびっくりしたんだわ。新聞にはきちんと作品も掲載されていたのだけれども、写楽にしてはなんだか微妙なラインの作品でした。
さてさて、この絵が見つかった場所がどこかといえば、アドリア海のコルフ島。ギリシャといえどもエーゲ海じゃないのよ。
大きな地図で見る
ここなんですね。ケルキラといえば、高級リゾート地として知られています。日本では知られていません。オーストリア皇妃エリザベートの別荘がある場所だったりします。私はあのミュージカルが嫌いです。観客、むっちゃキモいんだわ。先に言っておきます。
ギリシャ自体が私が思っている以上にマイナーな国扱いなんだな、というのが、日本人と話していて思うところです。ギリシャの近代史なんて、知られてないですもんね。TBSの「世界不思議発見」で、かなりトルコ側の名誉を汚す紹介の仕方をしていました(苦笑)。ギリシャ支配が400年も続いたのは、トルコが信仰の自由は許したからと言う研究者も居ます。独立戦争ではパトラ辺りの教会が有名です。また、同番組でキオス島と紹介されてましたが、現代の発音では「ヒオス」に聞こえますし、普通に本を買ったりすれば「ヒオス」って表記になります。なのに「キオス」。某個人サイトを参考にしたのがバレバレで微笑ましかったです。
それでも何もツッコミが無いのが、近代から現代のギリシャです。そこでよく見つかったなぁ、と、感慨深いわけです。日本美術史に詳しい人が、よくここの名前を知ることができたなぁ。ビックリよ。
幕末や明治にやってきていた外交官が日本で買った、とかだったら、もっとドラマチックだったのに、パリやウィーンで買ったコレクションなんですね。
19世紀末から20世紀初頭、確かに印象派から始まって、アール・ヌーヴォー(画商のサミュエル・ビングが覚えられんです)などの流れで、開国までの日本の美術がヨーロッパで大いに流行した時期でもあります。
日本では江戸幕府瓦解と新政府樹立という流れがあり、没落した武家などの所蔵品が貿易商によって海外に流出していったという背景があります。美術史というものが存在しなくて、そういった人たちに文化財という観念がまだ生まれていなかったという言い方もできます。
ほら、そこ、「日本に返還してもらえないの?日本のものでしょう?」とかブログに書かない!
この時期は日本で生まれた従来の絵の描き方から、西洋の描き方の輸入に必死だった時期でもあります。日本人による日本の美術(美術って言葉は明治にできたものですが)への評価の低さと、士族が貧乏になっていって手放さなければならない事情が重なって、こういう状況が生まれているわけです。つか、美術って制度がそれなりに根付いている今でも、現代の美術作家による作品なんか、バンバン海外に売り飛ばしてるくせにそれに関しては、「あんなのが10億円とかありえなーい」なんてほざいているくせに矛盾してね?
今、向こうのニュースサイトをちらっと見てきたけれども、写楽のニュースが見つからなかったです。残念。
サクッと読める近代ギリシャの歴史としては、コレがオススメ。
ただ、ここの近代の歴史ってのは幕末以上にややこしいです。名前とか覚えられんもんな。サクッと読めないなかで、一番、サクッと読めるとしておこう。
さてさて、意外なところから意外なニュースが飛び込んできました。
江戸時代の浮世絵版画の巨匠、東洲斎写楽(とうしゅうさいしゃらく)の肉筆扇面画がギリシャ・コルフ島のアジア美術館に所蔵されていたことが分かった。写楽の肉筆扇面画、ギリシャの美術館で発見YOMIURI ONRINE
(中略)
コルフ島のアジア美術館は、19世紀末から20世紀初めにかけて、ギリシャの外交官グレゴリオス・マノスがパリやウィーンで買い集めた日本などの美術・工芸コレクションを所蔵している。今回の扇面画もマノスの収集品。近年、同館のコレクションが日・英の研究者に知られるようになり、7月下旬、絵画・陶磁器などの調査団が訪れた。
東洲斎写楽と言えば、江戸時代中期の浮世絵画家、「大首絵」という役者の頭部を思い切ったデフォルメで巨大にして、特徴を際立たせた作風として知られています。活動時期も短く、東洲斎写楽という名前はあるものの、どこの生まれの誰なのか、まったく判っていないという、日本美術史上の最大のミステリーの一つでもあります。
ホカ弁屋に置いてあった読売新聞の一面を見て、スンゲーびっくりしたんだわ。新聞にはきちんと作品も掲載されていたのだけれども、写楽にしてはなんだか微妙なラインの作品でした。
さてさて、この絵が見つかった場所がどこかといえば、アドリア海のコルフ島。ギリシャといえどもエーゲ海じゃないのよ。
大きな地図で見る
ここなんですね。ケルキラといえば、高級リゾート地として知られています。日本では知られていません。オーストリア皇妃エリザベートの別荘がある場所だったりします。私はあのミュージカルが嫌いです。観客、むっちゃキモいんだわ。先に言っておきます。
ギリシャ自体が私が思っている以上にマイナーな国扱いなんだな、というのが、日本人と話していて思うところです。ギリシャの近代史なんて、知られてないですもんね。TBSの「世界不思議発見」で、かなりトルコ側の名誉を汚す紹介の仕方をしていました(苦笑)。ギリシャ支配が400年も続いたのは、トルコが信仰の自由は許したからと言う研究者も居ます。独立戦争ではパトラ辺りの教会が有名です。また、同番組でキオス島と紹介されてましたが、現代の発音では「ヒオス」に聞こえますし、普通に本を買ったりすれば「ヒオス」って表記になります。なのに「キオス」。某個人サイトを参考にしたのがバレバレで微笑ましかったです。
それでも何もツッコミが無いのが、近代から現代のギリシャです。そこでよく見つかったなぁ、と、感慨深いわけです。日本美術史に詳しい人が、よくここの名前を知ることができたなぁ。ビックリよ。
幕末や明治にやってきていた外交官が日本で買った、とかだったら、もっとドラマチックだったのに、パリやウィーンで買ったコレクションなんですね。
19世紀末から20世紀初頭、確かに印象派から始まって、アール・ヌーヴォー(画商のサミュエル・ビングが覚えられんです)などの流れで、開国までの日本の美術がヨーロッパで大いに流行した時期でもあります。
日本では江戸幕府瓦解と新政府樹立という流れがあり、没落した武家などの所蔵品が貿易商によって海外に流出していったという背景があります。美術史というものが存在しなくて、そういった人たちに文化財という観念がまだ生まれていなかったという言い方もできます。
ほら、そこ、「日本に返還してもらえないの?日本のものでしょう?」とかブログに書かない!
この時期は日本で生まれた従来の絵の描き方から、西洋の描き方の輸入に必死だった時期でもあります。日本人による日本の美術(美術って言葉は明治にできたものですが)への評価の低さと、士族が貧乏になっていって手放さなければならない事情が重なって、こういう状況が生まれているわけです。つか、美術って制度がそれなりに根付いている今でも、現代の美術作家による作品なんか、バンバン海外に売り飛ばしてるくせにそれに関しては、「あんなのが10億円とかありえなーい」なんてほざいているくせに矛盾してね?
今、向こうのニュースサイトをちらっと見てきたけれども、写楽のニュースが見つからなかったです。残念。
サクッと読める近代ギリシャの歴史としては、コレがオススメ。
ただ、ここの近代の歴史ってのは幕末以上にややこしいです。名前とか覚えられんもんな。サクッと読めないなかで、一番、サクッと読めるとしておこう。
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- 東洲斎写楽の絵がギリシャで発見か from 『izou(仮)』の楽屋裏
- 東洲斎写楽の肉筆画を発見 ギリシャの美術館 from ネット社会、その光と影を追うー 2008/08/05 09:59 PM
- 独特の役者絵で知られる江戸時代の浮世絵師、東洲斎写



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