幕末小説集 青の淵を覗く BBS

Home > 楽屋裏 > 21日の徹子の部屋は堺雅人さんでした

21日の徹子の部屋は堺雅人さんでした

偶然、母が観ていたのを目撃した。イヤマジで見逃すところでした。7月21日の「徹子の部屋」のゲストは、「組!」ファンにとっての仏の山南さん…じゃなかった、堺雅人さんでした。
「噂の将軍が初出演で素顔を…」(番組公式サイト)
なんていうか、黒柳徹子が堺雅人さんの事を「まぁ、まるで浮世絵のようなお顔立ちですね」なんて、思いくそ見とれていました。番組中で2回以上は言いましたぞ。いや、それって現代人には「目が細いですね」というようなことに聞こえるのですが。
でもまぁ、黒柳徹子節では「目もとが爽やかで気品がある」という意味らしいのですが。
「篤姫」の話には触れていましたが、「組!」は「親にようやく役者をやっていることを伝えることができました」の成功エピソードの一つとしてしか、扱ってもらえなかったのが残念です。
東京生まれで2歳から宮崎で育った堺さん。幼少のころから静かにものを深く考えるような方だったようなお話でした。
はじめての舞台は幼稚園のお遊戯会で演じた「カベムシ」という役。しかし、家の図鑑で「カベムシ」を調べても、どこにも載っていない。先生に「カベムシがわかりません。どんな虫なんでしょうか?」と聞いても、先生も知らない。「なんならカベムシじゃなくて、蜘蛛5とかどう?」なんて言われます。堺さんも蜘蛛はちょっとカッコイイなと思ったそうですが、「カベムシの立場はどうなるんですか」と言い張って、蜘蛛っぽいカベムシを演じ切った話から始まります。セリフも無い地味な役なのに、そこまで役作りをする堺さん(笑)
そんでもって、次の舞台は、幼稚園の運動会でのお遊戯会でイソギンチャク5とかでした。一生懸命、イソギンチャクを勉強して、さぁ当日、なぜか誰も居ない図書室に行ってずーっと読書に没頭していたそうです。そのまま運動会自体が終了してしまい、先生に発見されたそうです。「あれ、堺くん、そんなところで何しているの?運動会、終わっちゃったわよ?」と言われ、「僕が居なくても世界は存在していくんだ」という変な悟りを開いてしまったそうです。
幼稚園児でそんなコトを考えるなんて、ある意味、早熟だな。
そこから篤姫の話になって、家定という人はある意味で、堺さんのそういう部分と繋がっているのかもしれませんね、という話に。
存在する史料は少なくても、確かに家定という人物はお国の一大事の時に将軍として君臨していたわけですが、老中その他の濃い面々に囲まれて、指揮権も何も発揮せずに存在感が薄いまま亡くなってしまうという点では、共通してるんじゃないのか、という話で盛り上がっていました。
ここら辺、大事な話だと思って喰いついて聴いていたかったのですが、ちょっと、親に呼ばれてしまいました。
印象に残ったのが、大学を中退したのち、貧乏生活をしていた時、タンポポを湯がいて喰ったという話(爆)
うすら笑いを浮かべながら、都会のタンポポを物色して歩く男の姿を想像したら、なんだか笑いが止まらなくなったぞ。
「組!」の楽屋裏でも、香取局長と野草談義で盛り上がったのかなぁ、なんて思ってしまいました。
最後は「ジャージの二人」のプロモーションで終わるのかと思ったら、徹子節で「これからの大河は身罷られた方としてどのようにご覧になるのでしょうか?」なんて振られていました。とにかく、九rと柳徹子は本当に「篤姫」をよく見てるんだなぁ、という感じで、何でもその話に持っていってましたね。
堺さんも上手く、「これからは見守っていこうと思ってます」と、あの笑顔で終わっていました。

しかし、得体のしれない「カゲムシ」って響き、堺さんにぴったりだと感じてしまうのは、なぜなんだろう?

Comments:0

コメントはありません。
Comment Form
Remember personal info

Trackback:0

TrackBack URL for this entry
http://izoura.p-gothic.net/sb.cgi/1150
Listed below are links to weblogs that reference
21日の徹子の部屋は堺雅人さんでした from 『izou(仮)』の楽屋裏
トラックバックはありません。

Home > 楽屋裏 > 21日の徹子の部屋は堺雅人さんでした

Recent Entries
Search
Feeds
Twitter
    follow me on Twitter
    美術検定
    あわせて
    あわせて読みたいブログパーツ